新庄市の名所・史跡
新庄は自然あふれる個性豊かな山々に囲まれた盆地です。栗駒国定公園の神室連峰、遥かには月山と鳥海山、織姫星は毎日真上を通過し、秋にはすすきの花穂が全国で一番早く開花します。南北は奥羽本線、東西は奥の細道湯けむりライン(陸羽東線)、奥の細道最上川ライン(陸羽西線)が山間を縫って走ります。俳聖・松尾芭蕉が新庄を訪れてから300年余りが経ち、最上川の水路と陸路を結ぶ要衝から道路と鉄道の交わる高速交通網の要衝になりました。山形県の北、最上地方の中心都市として栄え続けています。
* 鳥越八幡宮
本殿は寛永15年(1638)に建てられた新庄最古の建造物で、拝殿は2代藩主の造営です。現在はこの地一帯が八幡公園 となっています。
*旧矢作家住宅
江戸中期の建築と推定されています。「まや中門(片中間)造り」の中農住宅で、この地方の一般的な農家住宅構造を見ることができる貴重な建物です。
*八向楯と芭蕉乗船の地
八向楯は、新田川が最上川に注ぎ込む河口にあります。俳聖芭蕉が船に乗って最上川を下ったのはこのあたりです。芭蕉乗船の地として、芭蕉と曽良の陶像が立っています。
*芭蕉の句碑と柳の清水跡
元禄2年(1689)、芭蕉は奥の細道を旅して新庄入りしました。「柳の清水」は昭和前期までは清水が湧き出ていました。傍らに芭蕉の句を刻んだ句碑があります。
*新庄城跡(最上公園)
新庄城は寛永初年(1624)に新庄藩祖戸沢政盛が築いたものです。明治戊辰戦争の時に市街地とともに消失しました。現在は、当時の堀や石垣を残して戸沢神社・天満神社・護国神社が祀られています。
*新庄藩主戸沢家墓所
江戸時代に最上地方一帯を治めた戸沢家の墓所です。御廟所はすべて江戸時代に建てられたもので、総ケヤキ作りの美しい建物です。歴代藩主の墓が一堂にあるので、1700年代初期〜後期の建築様式の変化や、その時代の特色をることができます。
*---Contents---*
1. 鳥越八幡宮の由来
2. ご祭神
3. 神主紹介
4. 地図
5. 御守り
6. 境内案内
7. 新庄市のご案内
8. ご祈祷
9. リンク
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